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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)311号 判決

愛知県安城市藤井町高根10番地

原告

アイシン・エィ・ダブリュ株式会社

代表者代表取締役

丸木三千男

訴訟代理人弁理士

鈴木昌明

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

小椋正幸

酒井徹

幸長保次郎

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和63年審判第17757号事件について、平成3年10月11日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和54年10月30日、名称を「変速装置」とする発明(平成2年10月30日付け手続補正書により「車輌用変速装置」と補正)につき特許出願をした(昭和54年特許願第141032号)が、昭和63年8月2日に拒絶査定を受けたので、同年10月13日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を昭和63年審判第17757号事件として審理したうえ、平成3年10月11日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月20日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

別添審決書写し記載のとおり。

(平成2年10月30日付け手続補正書における特許請求の範囲第1項及び第6項に記載されたとおりのもの。以下、「本願第1発明」及び「本願第2発明」といい、両者を併せて「本願発明」という。)

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である特公昭53-26602号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)及び特開昭51-89066号公報(以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨の認定は認める。

引用例1の記載事項の認定は、後記取消事由1に述べる点を争い、その余は認める。引用例2の記載事項の認定は認める。

本願第1発明と引用例発明1との一致点の認定及び相違点(2)の認定は認めるが、相違点(1)の認定及びこれについての判断は争う。

本願第2発明と引用例発明1との一致点の認定及び相違点(2)、(3)の認定は認めるが、相違点(1)の認定及びこれについての判断は争う。

審決は、引用例発明1の認定を誤り(取消事由1)、本願発明と引用例発明1との相違点(1)の認定・判断を誤り(取消事由2)、特許法50条の手続に違背し(取消事由3)、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(引用例発明1の認定の誤り)

審決は、引用例1には、「(ロ)、逆転装置21はさらにリング26を含み、前記リング26は手動レバー24で制御され、前記レバー24の位置により前転駆動、逆転駆動、又は中立位置(すなわち、エンジンと変速機が係合しない状態)を選択するようになっている。」(審決書6頁1~6行)、「(ホ)、リング26の外周に形成されたギヤと、遊星保持体28の外周に形成されたギヤと、ハウジングに固定されたギヤは、径が同一であり、かつ、互いに同心的に近接して配設され、リング26の外周に形成されたギヤと〓合しているギヤを内周に形成したリング部材は手動レバー24が連結され、該手動レバー24は中央の実線位置及び左右の破線位置に選択的に位置せしめられる。(Fig.1参照)」(同6頁末行~7頁9行)ことが記載されていると認定したうえ、「上記記載事項(ロ)及び(ホ)から、手動レバー24により上記ギヤを内周に形成したリング部材をスライドさせて、リング26と遊星保持体28とを結合せしめたときが前転駆動状態、反対に、リング26とハウジングに固定されたギヤとを結合せしめたときが逆転駆動状態であると解され」(同7頁14~末行)るとしている。

しかし、引用例1には、「リング部材」なるものは記載されておらず、上記(ホ)のリング部材に関する部分及びこれを前提とする部分の認定は明らかに誤りである。

すなわち、引用例1のFig.1の記載は極めて不明瞭であり、平成3年1月11日付け拒絶理由通知書(甲第7号証)の拒絶理由に引用された引用例1(甲第4号証)においても、周転円(エピサイクリック)型逆転装置21の構成として文言で記載されている構成(同号証3欄21~32行)は、駆動シャフト16に保持された輪体22、出力シャフト30に取り付けられた遊星保持体28、及び逆転装置21に含まれるリング26のみであって、リング部材に関する記載は全くない。

そして、Fig.1を参照すれば、逆転装置21が、サンギヤ(輪体22)、ピニオン、キャリヤ(遊星保持体28)及びリングギヤ(リング26)よりなる遊星歯車機構であることは、当業者の技術常識から容易にこれを理解することができる。

そうすると、手動レバー24がFig.1の実線位置からその一方に画かれた破線位置に移動せしめられたときに、該手動レバー24により移動せしめられるリング26(リングギヤ)は、Fig.1の遊星歯車機構の右側に画かれた遊星保持体28(キャリヤ)の外周に刻設した歯車状部分と〓合して該遊星保持体28とともに一体回転せしめられる状態が前転駆動状態であり、前記手動レバー24が実線位置から他方に画かれた破線位置に移動せしめられたときに、前記リング26(リングギヤ)は、Fig.1の遊星歯車機構の左側に画かれた逆転装置21のハウジングに形成された歯車状部材と〓合せしめられた状態が逆転駆動状態であると解するほかはない。

したがって、引用例1に記載のない「リング部材」を認定したうえ、リング部材の操作を含めて前転駆動状態及び逆転駆動状態の前後進切換機構を認定した審決の引用例発明1についての認定は、明らかに誤りである。

2  取消事由2(相違点(1)の認定・判断の誤り)

審決は、本願第1発明と引用例発明1との相違点について、「(1)、ダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構を切換えるための手段が、前者は、後進時にはリングギヤを制動するブレーキと、前進時には前記前後進切換機構の出力側と入力側とを連結せしめるクラッチであるのに対して、後者は、リングギヤを後進時にはハウジングに固定されたギヤに、前進時にはキャリアに選択的に結合せしめる、リング部材、リングギヤ及びキャリヤのそれぞれの外周に形成されたギヤ及びハウジングに固定されたギヤから構成されたクラッチである点」(審決書10頁18行~11頁8行)と認定し、「相違点(1)については、ダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構を切換えるための手段が、後進時にはリングギヤを制動するブレーキと、前進時にはサンギヤ、キャリヤ及びリングギヤのうちの二つを連結せしめるクラッチとから構成することは周知であり、・・・引用例2に開示されているように、・・・車輌用変速装置において、前進時に上記正逆回転切換伝動装置の出力側と入力側を直結せしめるクラッチが設けられていることは公知である。してみると、引用例1に記載されたダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構を切換えるための手段を、後進時にはリングギヤを制動するブレーキと、前進時には前後進切換機構の出力側と入力側とを連結せしめるクラッチに置き換えることにより本願第1発明のように構成することは当業者であれば容易に想到し得たことである」(同11頁18行~13頁1行)と判断し、本願第1発明の効果は格別のものともいえない(同13頁9~12行)としているが、以下に述べるとおり、誤りである。

(1)  審決は、上記のとおり、引用例発明1には、「リング部材、リングギヤ及びキャリヤのそれぞれの外周に形成されたギヤ及びハウジングに固定されたギヤから構成されたクラッチ」が存在すると認定している。

しかし、引用例発明1には、前記のとおり、「リング部材」は存在しないし、また、以下に述べるとおり、通常の技術常識として知られる「クラッチ」の存在も認めることはできない。

引用例発明1の逆転装置21は、ダブルピニオンを有する遊星歯車機構を備え、前記リング26を手動レバー24により制御せしめてハウジングに形成した歯に直接係合せしめたときに逆転駆動状態、すなわち遊星保持体28に連結した出力シャフト30を輪体22に連結した駆動シャフト16の回転方向とは逆方向の回転を生ぜしめるものであり、かつ、リング26の歯を遊星保持体28の外周に形成した歯に係合させたときに前転駆動状態、すなわち前記出力シャフト30が駆動シャフト16の回転と同一方向の回転を生ぜしめる状態とするものであり、前記リング26は逆転装置21を構成する遊星歯車機構の極めて重要な要素といわなければならない。

もし、前記リング26をクラッチ用に付設された連結部材であると考えると、遊星歯車機構を構成するリングギヤを欠くこととなり、これを遊星歯車機構ということはできなくなることから、前記リング26を入力シャフト16又は前記逆転装置に単に付設したクラッチ用の連結部材とすることはできない。

また、リング26と遊星保持体28は、直接係合される関係にあるが、クラッチ作用を行うためには、両者を連結させるための「連結部材」あるいは「係合部材」が必要であるから、この点からも、引用例発明1にはクラッチが存在しないというべきである。

そうすると、引用例発明1の逆転装置には、ダブルピニオン型の遊星歯車機構のほかには、リングギヤを制動するブレーキの機能を果たす構成も、入力側と出力側を連結するクラッチの機能を果たす構成も存在せず、記載もされていないのであるから、引用例発明1には公知及び周知のブレーキ及びクラッチに置き換える対象物がないのである。

したがって、このリング26を回転中心軸に沿って移動させる手動レバー24による制御を、公知及び周知のブレーキ及びクラッチに置き換えることは技術常識に反し、できないことである。

(2)  引用例発明1の遊星歯車機構は、前進時には、輪体22(サンギヤ)から遊星保持体28(キャリヤ)へ、又はその逆方向のトルク伝達は、すべて前記ギヤの〓合を介して行われる。したがって、前記ギヤの〓合面には摺動摩擦やトルク変動による打撃痕が生じやすく、騒音発生の原因となり、かつ耐久性を損なうものである。

これに対し、本願発明におけるクラッチは、前進時には前後進切換機構を構成する遊星歯車機構の入力側と出力側とを直接連結するから、駆動トルクは入力側から出力側へ、又は出力側から入力側へ直接伝達され、前記遊星歯車機構のギヤの〓合部には伝達されることがない。

そして、車輌用変速装置においては、前後進切換機構が後進状態に設定されて車両が走行する状態は、前進状態に設定されて走行する状態に比して、走行時間も走行距離ももともと極めて小であるから、本願発明は、車輌用変速装置の全使用期間にわたり、遊星歯車機構のギヤの〓合面の摩耗の発生を著しく小さくし、ギヤの耐久性を向上し、変速装置の騒音を防止できるという、大きな効果を奏するものである。

審決は、引用例2に開示されているように、車輌用変速装置において、前進時に正逆回転切換伝動装置の出力側と入力側を直結せしめるクラッチが設けられていることは公知である、と認定しているが、仮に、上記クラッチが公知であるとしても、引用例1の逆転装置21を構成する遊星歯車機構のリング26を手動レバー24により回転中心方向に摺動させる機構に代えて、リング26と遊星保持体28とをクラッチで係合させる機構を採用したとしても、すべてギヤの〓合によって伝達されるスルーギヤ型のトルク伝達であることに変わりはなく、本願発明のように遊星歯車機構のギヤの耐久性を向上し、変速装置の騒音を防止するという作用効果を奏することはできない。

したがって、審決の前記認定・判断は、本願発明と引用例発明1の構成及び作用効果の相違を無視したものであって、発明の進歩性の判断を誤っていることは明らかである。

3  取消事由3(特許法50条の手続違反)

平成3年1月11日付け拒絶理由通知書(甲第7号証)の拒絶理由には、審決において新たに認定した「リング部材」の存在を説示も示唆もしていないが、このリング部材が存在するか否かは、引用例発明1の技術解釈に著しい変更をもたらす技術的問題である。

したがって、リング部材がリング26とは別に存在するとの独自の解釈を明記した拒絶理由を原告に提示し、原告に意見書の提出と手続補正の機会を与えるべきであったのに、その手続を怠り、本願発明を拒絶すべきものとする旨の審決をなすに至ったものであるから、審決は、特許法159条2項により準用する同法50条の手続に違反した違法がある。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

歯車伝動装置の図示において、これを機能的にシンプル化して分かりやすく表現する簡略線図が従前から慣用されており、引用例1(甲第4号証)のFig.1もこの簡略線図で表現されたものである。

このFig.1の簡略線図には、精度はともかく、サンギヤ、2個のピニオン、キャリヤ、リング部材(リングギヤ)、ハウジング及びレバー等の配置関係が記載されていること等から、逆転装置21が、ダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構を表すことは明らかであり、原告主張のように、簡略線図として不明瞭なものではない。そして、同図におけるリング26の外側に、上方位置で逆T字状をなし、下方位置でT字状をなすものが図示されているが、これが審決の認定した「リング部材」である。

すなわち、引用例1の記載(同号証3欄21~32行)からでは、本願発明におけるダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構と対比するうえで、手動レバー24による各切換時における動力伝達経路について十分な説明がなく不明確なため、従来周知の「リング部材」を備えた遊星歯車機構からなる前後進切換機構(乙第5号証)から、その前後進切換機構における「リング部材」による作動機構を考慮して、引用例1のFig.1の「リング部材」を認定したものである。

仮に、上記「リング部材」の存在が認めらず、原告主張のようにリングギヤ(リング26)が手動レバー24によって摺動される部材となるとしても、引用例1には、審決で認定したとおりの「ダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構を切換えるための手段」が記載されており、その手段は、「リングギヤを後進時にはハウジングの固定されたギヤに、前進時にはキャリヤに選択的に結合せしめる、リングギヤ(リング部材)、キャリヤ及びハウジングに固定されたギヤからなるクラッチ」であると認定することができる。

したがって、いずれにせよ、原告の主張は理由がない。

2  取消事由2について

(1)  「クラッチ」という用語は、「同心軸上にある駆動側から被駆動側に機械的接触によって動力を伝達・しゃ断する機能をもつ要素」(JIS用語辞典Ⅱ機械編、B0152「クラッチおよびブレーキ用語」、乙第10号証)として用いられているものである。言い換えれば、同心軸上にある駆動側から被駆動側に機械的接触によって動力を伝達・しゃ断する機能(クラッチ作用)を備えるものが、「クラッチ」と呼ばれるものである。

そして、引用例1のFig.1においても、リング26(被告がいう「リング部材」)と遊星保持体28は同心軸上にあり、リング26は、手動レバー24で制御されて図の右方に移動して遊星保持体28に係合し、リング26を介して動力を遊星保持体28へ、又はその反対方向へ伝達し、また、手動レバー24により中立位置に移動すれば遊星保持体28との係合を脱し、動力をしゃ断するものであるから、リング26と遊星保持体28との間は「クラッチ」の概念に当然含まれるものである。

なお、仮に、上記「リング部材」の存在が認められないとしても、上記「クラッチ」の定義からして、リング26と遊星保持体28との間に、それとは別の「連結部材」あるいは「係合部材」の存在を必要とするものではないことはいうまでもない。

(2)  原告は、本願発明におけるクラッチは、前進時には前後進切換機構を構成する遊星歯車機構の入力側と出力側とを直接連結するから、駆動トルクは入力側から出力側へ、又は出力側から入力側へ直接伝達され、遊星歯車機構のギヤの〓合部には伝達されることがなく、遊星歯車機構のギヤの耐久性を向上し、変速装置の騒音を防止できるという、大きな効果を奏する旨主張する。

しかし、本願特許請求の範囲には、「前進時には前記前後進切換機構の出力側と入力側とを選択的に連結せしめるクラツチとを備えていること」と記載されているのであって、出力側と入力側とを選択的に「直接」連結せしめるクラッチに限定されるわけではない。したがって、原告の主張は、特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり、失当である。

そして、審決は、進歩性の判断について、「ダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構を切換えるための手段」を、「後進時にはリングギヤを制動するブレーキと、前進時にはサンギヤ、キャリヤ及びリングギヤのうちの二っを連結せしめるクラッチとから構成することは周知であり」としたのであり、審決の示した周知例(乙第1~第3号証)によれば、後進時のためにリングギヤを制動することにした場合には、前進時のための構成は、遊星歯車機構のサンギヤ、キャリヤ及びリングギヤの組合せにより、次に3種類の構造に限定される。

(a)サンギヤ側部材とキャリヤ側部材をクラッチで連結した組合せ構造で、ギヤスルー型でないもの(乙第1号証)

(b)サンギヤ側部材とリングギヤ側部材をクラッチで連結した組合せ構造で、ギヤスルー型であるもの(乙第2号証)

(c)キャリヤ側部材とリングギヤ側部材をクラッチで連結した組合せ構造で、ギヤスルー型であるもの(乙第3号証)

そして、引用例1のFig.1に示されたものは上記(c)に相当するものであり、本願発明は上記(a)に相当するものであるが、「ダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構を切換えるための手段」の組合せ構造の選択は、当業者が具体的な設計上の要求に応じて適宜選択するものである。そして、この要求には耐久性や騒音に関する要求も当然含まれるものであるから、耐久性や騒音に関する要求を考慮して上記(c)の周知の組合せ構造に換えて上記(a)の周知の組合せ構造を選択することは、当業者が容易に想到しえたものといえるものである。

したがって、本願発明の作用効果もまた、格別のものとはいえない。

3  取消事由3について

審決において当業者にとって容易に想到できたものとしたのは、引用例1に記載された「ダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構を切換えるための手段」を置き換えることであり、「リング部材」を置き換えることではないから、引用例1のリング部材の有無の解釈により、上記審決の進歩性の判断が異なるものではない。

したがって、原告の特許法50条の手続違背の主張は失当である。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立(甲第8号証については原本の存在とも)はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(引用例発明1の認定の誤り)について

引用例1(甲第4号証)には、Fig.1とともに、「逆転装置21はさらにリング26を含み、前記リング26は手動レバー24で制御され、手動レバー24の位置により前転駆動、逆転駆動、又は中立位置(すなわち、エンジンと変速機が係合しない状態)を選択するようになっている。」(同号証3欄27~32行)との記載があること、また、「上記逆転装置21は、輪体22に一方のピニオンが、リング26に他方のピニオンがそれぞれ〓合し、かつ両ピニオンが互いに〓合する2個のピニオンよりなるダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構である」(審決書8頁6~11行)ことは当事者間に争いがないが、それ以上に、具体的にリング26が手動レバー24でどのように制御されて前記逆転装置21が前転駆動、逆転駆動、又は中立位置となるのかについては説明がなく、前記図面も細部については必ずしも明瞭でないところがある。

これに関して、原告は、引用例発明1には、審決認定の「リング部材」は存在せず、手動レバー24が制御する部材はリング26と解さざるをえない旨主張する。

審決は、従来周知の「リング部材」を備えた遊星歯車機構からなる前後進切換機構(乙第5号証)から、その前後進切換機構における「リング部材」による作動機構を考慮して、引用例1のFig.1に「リング部材」が存在するとしたものと解されるが、上記事実に照らせば、原告の主張するところと審決の認定するところの差異は、手動レバー24が直接にリング26を制御するのか、それとも、手動レバー24がリング部材を介してリング26を制御するかの差異にほかならず、両者いずれであっても、手動レバーの前転駆動位置においては、リング26はダブルピニオンを有する遊星歯車機構の第2のピニオンとの〓合を維持しながら遊星保持体28に係合して、それとともに一体的に回転し、駆動シャフト16からの動力を出力シャフト30へ伝達し、逆転駆動位置においては、リング26が前記第2のピニオンとの〓合を維持しながらハウジングに固定された歯と係合することにより回動を停止され、駆動シャフト16からの動力を遊星保持体28を通じて出力シャフト30へ逆転伝達し、また、中立位置においては、リング26は前記遊星保持体28及びハウジングの前記歯のいずれにも係合しない位置に保たれて、駆動シャフト16から出力シャフトへの動力伝達をリング26と遊星保持体28との間で遮断するものである点において変わらないものであると認められる。

引用例発明1における前後進切換機構を切り換えるための手段がこのようなものであるのに対し、本願第1発明においては、後進時にはリングギヤを制動するブレーキと、前進時には前後進切換機構の出力側と入力側とを連結せしめるクラッチであることは、前示本願第1発明の要旨に照らし、明らかである。

そして、本願第1発明におけるこの切換手段は、米国特許第3093013号明細書(乙第1号証)、同第2968190号明細書(乙第2号証)、同第2360017号明細書(乙第3号証)によれば、本願出願前、周知の技術手段と認められ、そうである以上、引用例発明1の上記切換手段に代えて、この周知の切換手段を適用し本願第1発明の構成とすることは、後記2に述べるところを勘案すれば、当業者であれば容易に想到できたというべきである。

すなわち、引用例1の切換手段が原告の主張するとおりと解しても審決の認定するとおりと解しても、いずれにしても、これに代えて上記周知の切換手段を適用して本願第1発明の構成に想到することの容易推考性の判断に変わりがないことは明らかである。

したがって、引用例発明1の「リング部材」の存否に関する認定は、上記切換手段の置換の容易想到性に関する審決の結論に影響を及ぼすものとはいえないから、原告主張の取消事由1は採用することができない。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り)について

(1)  原告は、引用例1には公知及び周知のブレーキ及びクラッチに置き換える対象物がないから、このリング26を回転中心軸に沿って移動させる手動レバー24の制御を公知及び周知のブレーキ及びクラッチに置き換えることは技術常識に反しできない旨主張する。

しかし、JIS用語辞典Ⅱ機械編、B0152「クラッチおよびブレーキ用語」(乙第10号証)の「クラッチ」の項目の記載によれば、「クラッチ」とは、「同心軸上にある駆動側から被動側に機械的接触によって動力を伝達・しゃ断する機能をもつ要素」と説明されており、これが「クラッチ」との用語の通常の意味であると当業者において理解されているものと認められる。

そして、引用例発明1において、手動レバー24を前進駆動位置若しくは逆転駆動位置に置けば、駆動シャフト16からの動力を出力シャフト30へ伝達し、また、手動レバー24を中立位置に置けば、駆動シャフト16から出力シャフトへの動力伝達を遮断するものであることは、前示のとおりであり、引用例1(甲第4号証)のFig.1に図示されているように、駆動シャフト16、リング26、出力シャフト30はいずれも同心軸上にあることが認められるから、引用例発明1の逆転装置21は、同軸上の駆動側から被動側へ、機械的接触によって動力を伝達・遮断する「クラッチ」としての機能を持つものであることは明らかである。

また、手動レバー24を逆転駆動位置に置けば、リング26がダブルピニオンを有する遊星歯車機構の第2のピニオンとの係合を維持しながらハウジングに固定された歯と係合することにより回動を停止されるものであることも前示のとおりである。すなわち、引用例発明1には、「リングギヤを後進時にはハウジングに固定されたギヤに結合せしめる」構成、すなわちブレーキの機能を有する構成があることも、明らかである。

したがって、引用例1には公知及び周知のブレーキ及びクラッチに置き換える対象物がないことを前提とする原告の上記主張は採用することはできない。

(2)  原告は、本願発明の進歩性の判断に関して、本願発明におけるクラッチは、前進時には前後進切換機構を構成する遊星歯車機構の入力側と出力側とを直接連結するから、駆動トルクは入力側から出力側へ、または出力側から入力側へ直接伝達され、前記遊星歯車機構のギヤの噛合部には伝達されることがなく、したがって、使用頻度が高くまた使用時間も長い前進時において、遊星歯車機構のギヤの噛合を必要とせず、ギヤの耐久性を向上し、変速装置の騒音を防止できるという、大きな効果を奏する旨主張する。

確かに、本願明細書(甲第3号証)の発明の詳細な説明の〔作用及び効果〕欄には、「車輌の前進時にはクラツチを係合させて入出力側部材であるサンギヤ71とキヤリヤ77と連結し、その結果前記サンギヤ71とキヤリヤ77にそれぞれ連結されている部材または軸を直接直結状態にしているので、遊星歯車機構の各ギヤに駆動トルクを伝達することなく入出力部材を連結して1対1のギヤ比が得られる」(同号証明細書9頁1~7行)との記載があり、実施例にも同様の構成が示されていることが認められる。

しかし、本願発明の要旨によれば、クラッチは「前進時には前後進切換機構の出力側と入力側とを選択的に連結せしめる」としているのみで、出力側と入力側とを「直接」連結せしめるとは限定しておらず、また、クラッチ自体の具体的構成についても何ら規定していない。

したがって、本願発明の要旨によれば、本願発明のクラッチが、原告主張のように駆動トルクは入力側から出力側へ、または出力側から入力側へ直接伝達され、前進時において遊星歯車機構のギヤの噛合を必要とせずに入力側から出力側にトルクが伝達できるものに限定されるとすることはできず、このように限定した構成を前提とする本願発明の作用効果についての原告の上記主張は、本願発明の要旨に基づかない主張として、これを採用することができない。

取消事由2は理由がない。

3  取消事由3(特許法50条の手続違反)について

審決は、「引用例1に記載されたダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構を切換えるための手段」を周知及び公知のものと置き換えることが当業者にとって容易想到か否かを判断したのであって、「リング部材」がリング26とは別個の必須の構成部材として存在しなければ「クラッチ」も存在しないということを前提に容易想到性について判断しているものではなく、引用例発明1の「リング部材」の存否に関する認定は、審決の容易推考性の判断に影響を及ぼすものではないことは、取消事由1において判示したとおりである。

原告の特許法50条に関する主張は、本願発明における「前後進切換機構を切換えるための手段」が周知のものと異なるところのない特段の技術的特徴を有するものではないことを忘れた主張であって、到底採用することができない。

取消事由3も理由がない。

4  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官押切瞳は転補のため、署名捺印することができない。 裁判長裁判官 牧野利秋)

昭和63年審判第17757号

審決

愛知県安城市藤井町高根10番地

請求人 アイシン・エイ・ダブリュ株式会社

東京都千代田区麹町5丁目7番地 秀和紀尾井町テイ・ビー・アール1220 鈴木昌明国際特許事務所

代理入弁理士 鈴木昌明

東京都台東区上野1丁目18番11号 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 青木健二

東京都台東区上野1丁目18番11号 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 阿部龍吉

東京都台東区上野1丁目18番11号 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 蛭川昌信

東京都台東区上野1丁目18番11号 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 白井博樹

東京都台東区上野1-18-11 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 内田亘彦

東京都台東区上野1-18-11 西楽堂ビル 梓特許事務所

代理人弁理士 菅井英雄

東京都台東区上野1-18-11 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 韮澤弘

昭和54年特許願第141032号「変速装置」拒絶査定に対する審判事件(平成2年1月16日出願公告、特公平2-2022)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

〔Ⅰ〕、本願は、昭和54年10月30日の出願であって、その発明の要旨は、当審における出願公告後の平成2年10月30日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項及び第6項に記載された次のとおりのものと認める。

「(1)エンジン駆動力によって駆動せしめられる入力軸と、

該入力軸と連結される発進手段と、

前記入力軸に平行的に配設される出力軸と、

前記入力軸と同心的に配設される駆動プーリと前記出力軸と同心的に配設される被動プーリとをベルトでかけ渡してなる無段変速機構と、

前記入力軸と前記無段変速機構の駆動プーリとの間および前記無段変速機構の被動プーリと前記出力軸との間の何れか一方に、これらの間に動力を伝達すべく配設され、サンギヤ、キヤリヤ、リングギヤおよび前記キヤリヤに支承され前記サンギヤに一方のピニナンが前記リングギヤに他方のピニオンがそれぞれ噛合し、かつ両ピニオンが互いに噛合する2個のピニオンよりなるダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構と、

後進時には前記前後進切換機構が入力回転に対し逆回転を出力するように前記遊星歯車機構の前記リングギヤを選択的に制動するブレーキと、

前進時には前記前後進切換機構の出力側と入力側とを選択的に連結せしめるクラツチとを備えていることを特徴とする車輌用変速装置。(以下、本願第1発明という)

(6)エンジン駆動力によって駆動せしめられる入力軸と、

該入力軸と連結される発進手段と、

前記入力軸に平行的に配設される出力軸と、

前記入力軸と同心的に配設される駆動プーリと前記出力軸と同心的に配設される被動プーリをベルトでかけ渡してなる無段変速機構と、

前記入力軸と前記無段変速機構の駆動プーリとの間および前記無段変速機構の被動プーリと前記出力軸との間の何れか一方に、これらの間に動力を伝達すべく配設され、サンギヤ、キヤリヤ、リングギヤおよび前記キヤリヤに支承され前記サンギヤに一方のピニオンが、前記リングギヤに他方のピニオンがそれぞれ噛合し、かつ両ピニオンが互いに噛合する2個のピニオンよりなるダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構と、

後進時には前記前後進切換機構が入力回転に対し逆回転を出力するように前記遊星歯車機構の前記リングギヤを選択的に制動するブレーキと、

前進時には前記前後進切換機構の出力側と入力側とを選択的に連結せしめるクラツチとを備え、

更に前記出力軸と垂直に配設された減速歯車機構と差動歯車機構とを備えてなることを特微とする車輌用変速装置。(以下、本願第2発明という)

〔Ⅱ〕、これに対して、当審におけるその後発見した拒絶の理由で引用した特公昭53-26602号公報(以下、引用例1という。)及び特開昭51-89066号公報(以下、引用例2という。)には、それぞれ次の事項が記載されている。

(1)、引用例1

(イ)、有歯無端ベルト11を介してエンジゾのクランクシャフト4により駆動されるカムシャフト6は、その軸方向中央空間に中間駆動シャフト16を有しており、カムシャフト6にキー止めされた有歯プーリー12は、駆動シャフト16の隣接端部にキー止めされたドラム15を有する摩擦クラッチ13の半径方向に移動可能な遠心要素14を支持する。駆動シャフト16はそのクラッチ13と反対側の端部に周転円(エピサイクリック)型逆転装置21の輪体22を保持する。逆転装置21は出力シャフト30に取付けられた遊星保持体28を有する。

(ロ)、逆転装置21はさらにリング26を含み、前記リング26は手動レバー24で制御され、前記レバー24の位置により前転駆動、逆転駆動、又は中立位置(すなわち、エンジンと変速機が係合しない状態)を選択するようになっている。

(ハ)、逆転装置21の出力シャフト30に拡張可能な駆動プーリー31が連結され、プーリー31はV字断面無端ベルト38により同様に拡張可能な被駆動プーリー40に連結され、前記プーリーはエンジンのクランクシャフト4に対し軸方向に整合するが、それに対して独立して配置される。

(ニ)、被駆動プーリー40のシャフト44に歯輪48に係合する円筒平歯車46がキー止めされ、前記歯輪48は車輌の駆動前輪56および58に連結された一対の駆動シャフト52、54へ差動装置50を介して駆動力を伝達する。

(ホ)、リング26の外周に形成されたギヤと、遊星保持体28の外周に形成されたギヤと、ハウジングに固定されたギヤは、径が同一であり、かつ、互いに同心的に近接して配設され、リング26の外周に形成されたギヤと噛合しているギヤを内周に形成したリング部材は手動レバー24が連結され、該手動レバー24は中央の実線位置及び左右の破線位置に選択的に位置せしめられる。(Fig.1参照)

(ヘ)、歯輪48及び円筒平歯車46により減速歯車機構を溝成し、この減速歯車機構と差動装置50はシャフト44と平行に配置されている。(Fig.1参照)

そして、上記記載事項(ロ)及び(ホ)から、手動レバー24により上記ギヤを内周に形成したリング部材をスライドさせて、リング26と遊星保持体28とを結合せしめたときが前転駆動状態、反対に、リング26とハウジングに固定されたギヤとを結合せしめたときが逆転駆動状態であると解され、この逆転駆動状態において輪体22と遊星保持体28とが逆回転となるためには、遊星保持体28が逆回転を担保するための機能を有することが必然であり、その機能を有するダブルピニオンが遊星保持体に保持されていることは技術常識である。結局、上記逆転装置21は、輪体22に一方のピニオンが、リング26に他方のピニオンがそれぞれ噛合し、かつ両ピニオンが互いに噛合する2個のピニオンよりなるダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構であると認められる。

(2)、引用例2

(イ)、主原動機によって駆動される流体動力型トルクコンバーターと、回転出力部材とを有し、機械的無段変速伝動装置と選択操作される正逆回転切換伝動装置の両者がトルクコンバーターと出力部材との間で連続して組合わせられた自動車用の変速伝動装置。

(ロ)、正逆転切換伝動装置は例えば平歯車式遊星歯車装置でもよく、伝達された入力を太陽歯車に伝え、出力を内歯歯車と固着する。太陽歯車と内歯歯車の間にはクラッチが設けられているので正転直結駆動が与られ、遊星キャリアーを締結する制動によって、逆転駆動が与えらりる。

〔Ⅲ〕、まず、本願第1発明と引用例1に記載された発明を対比すると、後者の「クランクシャフト4」、「被駆動ブーリー40のシャフト44」、「摩擦クラッチ13」、「輪体22」、「遊星保持体28」、「リング26」及び「被駆動プーリー40」は、それぞれ前者の「入力軸」、「出力軸」、「発進手段」、「サンギヤ」、「キャリヤ」、「リングギヤ」及び「被動プーリ」に相当することは明らかであるので、両者は、エンジン駆動力によって駆動せしめられる入力軸と、

該入力軸と連結される発進手段と、

出力軸と、

駆動プーリと前記出力軸と同心的に配設される

被動プーリとをベルトでかけ渡してなる無段変速機構と、

前記入力軸と前記無段変速機構の駆動プーリとの間に、これらの間に動力を伝達すべく配設され、サンギヤ、キヤリヤ、リングギヤおよび前記キヤリヤに支承され前記サンギヤに一方のピニオンが前記リングギヤに他方のピニオンがそれぞれ噛合し、かつ両ピニオンが互いに噛合する2個のピニオンよりなるダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構と、後進時には前記前後進切換機構が入力回転に対し逆回転を出力するように前記遊星歯車機構の前記リングギヤを選択的に固定し、

前進時には前記前後進切換機構の出力側と入力側とを選択的に一体的に回転せしめる手段とを備えていることを特徴とする車輌用変速装置である点で一致し、次の各点で相違している。

(1)、ダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構を切換えるための手段が、前者は、後進時にはリングギヤを制動するブレーキと、前進時には前記前後進切換機構の出力側と入力側とを連結せしめるクラッチであるのに対して、後者は、リングギヤを後進時にはハウジングに固定されたギヤに、前進時にはキャリアに選択的に結合せしめる、リング部材、リングギヤ及びキャリヤのそれぞれの外周に形成されたギヤ及びハウジングに固定されたギヤから構成されたクラッチである点。

(2)、入力軸に対する、出力軸、駆動プーリそれぞれの配置関係が、前者は、出力軸は入力軸に平行的に配設され、又、駆動プーリは入力軸と同心的に配設されているのに対して、後者は、出力軸は入力軸に同心的に配設され、又、駆動プーリは入力軸と平行的に配設されている点。

〔Ⅳ〕、そこで、上記各相違点について検討すると、

相違点(1)については、ダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構を切換えるための手段が、後進時にはリングギヤを制動するブレーキと、前進時にはサンギヤ、キャリヤ及びリングギヤのうちの二つを連結せしめるクラッチとから構成することは周知であり(例えば、米国特許第3093013号明細書、米国特許第2968190号明細書及び仏国特許出願公開第2360017号明細書参照)、そして、引用例2に開示されているように、発進手段(引用例2の「流体動力型トルクコンバーター」に相当する)と、無段変速機溝と、遊星歯車機構からなる前後進切換機構(引用例2の「正逆回転切換伝動装置」に相当する)とを備えた車輌用変速装置において、前進時に上記正逆回転切換伝動装置の出力側と入力側を直結せしめるクラッチが設けられていることは公知である。してみると、引用例1に記載されたダブルピニオンを有する遊星歯車機構からなる前後進切換機構を切換えるための手段を、後進時にはリングギヤを制動するブレーキと、前進時には前後進切換機構の出力側と入力側とを連結せしめるクラッチに置き換えることにより本願第1発明のように構成することは当業者であれば容易に想到し得たことである。

相違点(2)については、車輌用変速装置において、出力軸を入力軸に平行的に配設し、又、駆動プーリを入力軸と、被動プーリを出力軸とそれぞれ同心的に配設することは引用例2にも示されているように慣用技術であるので、引用例1に記載された発明を本願第1発明のように変更することは単なる設計的事項にすぎない。

そして、本願第1発明によってもたらされる効果も前記各引用例1、2に記載された発明及び前記周知技術から当業者であれば予測できる程度のものであって、格別のものともいえない。

〔Ⅴ〕、次に、本願第2発明と引用例1に記載された発明を対比すると、本願第2発明は、本願第1発明に対して、更に減速歯車機構と差動歯車機構の出力軸に対する配置方向を特定する点でのみ相違するに過ぎないから、両者は、本願第1発明と引用例1に記載された発明との、前記〔Ⅲ〕項で挙げた一致点で一致し、又、相違点(1)及び

(2)で相違すると共に、更に、次の点で相違している。

(3)、減速歯車機構と差動歯車機構(引用例1の「差動装置50」に相当する)が出力軸に対して、前者は、垂直に配置されているのに対して、後者は、平行に配置されている点。

〔Ⅵ〕、そこで、上記各相違点について検討すると、

相違点(1)及び(2)については、前記〔Ⅳ〕において検討したように、格別なものとはいえない。

相違点(3)については、減速歯車機構と差動歯車機構を出力軸に対して垂直に配置することは引用例2にも示されているようにエンジンを縦置きする際の設計上の選択的事項にすぎない。

そして、本願第2発明によってもたらされる効果も前記各引用例に記載された発明、及び前記周知技術から当業者であれば予測できる程度のものであって、格別のものともいえない。

〔Ⅶ〕、以上のとおりであるから、本願第1及び第2発明は、引用例1、2に記載された発明、及び前記周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年10月11日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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